スモールビジネスの法務 ~事業のプロセス毎に見る法務のポイント~

スモールビジネスの法務

はじめに

筆者は、2021年4月に独立し、日本橋川法律事務所を立ち上げて以来、様々なスモールビジネスに対して、法務サービスを提供する形で携わってきました。スモールビジネスと一口に言っても、その業種や規模は多種多様ですが、ここでは幅広く、フリーランスや個人事業から、概ね年商数十億円規模の非上場企業までを想定しています。これらの事業体は、一見するとあまりに規模がかけ離れている事業体に見えますが、筆者の関与の経験からいえば、共通の課題を有していることが多いと考えています。

スモールビジネスの法務における課題

フリーランスや個人事業から、概ね年商数十億円クラスの非上場企業までに共通していえることは、法務専任のエキスパートが不在であることだと考えています。

これを超える規模の会社であれば、法務部長に相当する法務専任の担当者・責任者がいることが多く、法務全体のハンドリングを行うことができるため、経営者は、(法務を全く見ないということはないにしろ)その他のところに注力することができます。さらに、このような大きな会社であれば、法務の中にも、分野ごとのエキスパートを抱えていたり、社内に分野ごとのエキスパートがいない場合であっても、外部の法律事務所から分野ごとのエキスパートをアサインしたりすることが可能な会社も多いように思います。例えば、会社法に関することはコーポレートを専門に取り扱う弁護士に依頼し、知的財産権に関することは知的財産権を専門に取り扱う弁護士に依頼し、従業員との紛争では労働問題を専門に取り扱う弁護士に依頼するといった形です。

これに対して、スモールビジネスにおいては、このような法務のエキスパートや、さらに言えば法務の中の分野ごとのエキスパートは、不在であることが多いでしょう。予算的にも、そして案件管理のための人的リソース的にも、法務専任の担当者・責任者を置いたり、分野ごとに法律事務所を使い分けたりすることは現実的でないことが多いと思います。リーガルリスクは極力避けるべきですし、リソースの不足は多くの場合で法令遵守できないことの言い訳にはならないとはいっても、スモールビジネスにおいては、何よりも「売り上げが立たない」ということこそが最大のリスクだという現実も無視することはできません。

そのため、スモールビジネスにおいては、そのリソースのほとんどを開発・営業・マーケティングといった「売り上げを立てるための」活動に注ぐ必要に迫られることが少なくないでしょう。

本連載の狙い

現実的には、スモールビジネスにおいては、経営者や事業責任者自身が、なんとか時間を捻出して、法務全体を見ることになります。そのため、スモールビジネスの経営者や事業責任者は、法務の広い分野の全体について、ある程度の土地鑑を持っていることが望ましいといえます。スモールビジネスの経営者や事業責任者は、法務の専門家である必要はありませんが、法務のポイントとして、問題となり易いのがどのような点であり、どのような場面に遭遇したら、専門家に相談することがよいのかは把握しておく必要に迫られています。

スモールビジネスの経営者や事業責任者は、ゼネラリストとして、事業全体を見渡していることが多いと思われますが、法務についても、同じ人が全体を見渡すために、ゼネラリストとしての視点が求められることになります。

そこで、本連載では、主としてスモールビジネスの経営者や事業責任者の方を対象読者として、法務のポイントを解説していき、企業法務の全体像の把握に役立つことを目指していきます。

もちろん、企業法務の分野は広大です。筆者や一人の弁護士がその全てを語りつくすことは困難ですので、完全に網羅的なものとはなりませんが、本連載では、法務の観点からみて、どのようなビジネスでも(少なくとも、多くのビジネスでは)共通してポイントとなるような点を押さえていくことで、企業法務の全体像のイメージや土地鑑をつかんでいただくことを狙いとしたいと思います。

今後の連載予定

本連載では、法務のポイントを、法律の条文や法学の体系に即して拾っていくのではなく、事業のプロセス毎に見ていくようにしたいと思います。

実は、筆者の仕事の経験上、接することのある経営者の方々の勘は、法的な視点から見ても、正しいと感じることが多いです。これは、経営者の方々が、日々、事業全体を見渡し、考えを巡らせていることから、法務的なポイントについても的確なリスク感覚を持つことができていることが多いためだと思います。

そうであれば、日々考えを巡らせている枠組みから大きく外れないよう、事業のプロセス毎に法務のポイントを解説していった方が、わかりやすく、かつ、既に養われているリスク感覚を活かしやすいのではないかと思ったためです。

各回の掲載予定トピック一覧

具体的には、以下のとおり連載を進めていくことを予定しています。

  1. 会社設立(個人と法人の違い・株式会社と合同会社の違い)
  2. Webサイトを作る(プライバシーポリシーやデータ保護に関するルール)
  3. 著作権の基本(著作物とは何か・著作権侵害のリスクや対処法)
  4. ブランドの保護(商標法・不正競争防止法に関する解説)
  5. 広告に関する法律(景表法・薬機法に関する解説)
  6. 受注(契約の基本・契約書の基本)
  7. 業種別の契約(よくある契約書とその意味)
  8. 消費者契約の注意点(利用規約のポイント・特商法や消費者契約法に関する解説)
  9. 債権回収(売掛金を払ってくれないときにどうするか)
  10. 雇用(雇用主の責任・就業規則に関する解説)
  11. 従業員との紛争(解雇等の場面をどうするか)
  12. 外注・仕入れ(自社が発注する際の契約書のポイント)
  13. 外注・仕入れの際に注意すべき法律(下請法・フリーランス保護新法に関する解説)
  14. 外注先・仕入先との紛争(債務不履行責任・契約不適合責任に関する解説)
  15. インターネット上の風評被害対策(発信者情報開示請求や削除請求の基本)
  16. 投資を受ける(株式の基本・融資との違い)
  17. 投資契約書・株主間契約書(よくある条項とその意味)
  18. M&A・IPO(Exit時の概要)

第1回(設立・開業)

まず、第1回では、これから開業しようとする方に向けて、個人と法人の違いや、法人の中でも株式会社と合同会社の違いについて解説していきます。

第2回から第5回(サービス作り・顧客獲得)

第2回から第5回までは、webサイトやサービスを作り、顧客を獲得していくまでのプロセスに即して、各法務のポイントを解説していきます。もっとも、ここでの法務のポイントは、継続的に見直すことが望ましいものであり、個人情報保護法、電気通信事業法、景品表示法、薬機法などは、ここ数年、改正が続いているところでもあります。既にサービスインしている方々にとっても、改めて参考にしていただける内容にしたいと思います。また、特に広告については、継続的に新作を投下し続けていくことが多く、金額的なインパクトも大きくなり得るプロセスだと思いますので、参考にしていただければと思います。

第6回から第9回(顧客とのかかわり)

第6回から第9回までは、顧客と直接かかわるプロセスに即して、契約から債権回収までの法務のポイントを解説していきます。売上に直結するポイントだと思いますので、ご覧いただけますと幸いです。

第10回及び第11回(従業員とのかかわり)

第10回及び第11回は、ビジネスが成長し、従業員を雇用するに至った場合に、従業員との法律関係にかかわる法務のポイントを解説していきます。従業員を雇用した場合には、それまでと比べて、ビジネスとして出来ることは増えると思いますが、法務としては責任も大きくなります。一度は同じ会社の一員として、雇い入れた従業員との間で紛争にならないためにも、また万が一紛争になってしまった場合に、会社を守るためにも、把握しておいて欲しいポイントを解説していきます。

第12回から第14回(外注先・仕入先とのかかわり)

第12回から第14回は、取引先、特に外注先や仕入先との契約関係や、紛争に至ってしまった場面を想定した法務のポイントを解説していきます。ここについても、近時、公正取引委員会による取引の公正化の推進に向けた取り組みや、いわゆるフリーランス保護新法の制定など、動きが見られるところです。改めて参考にしていただけるよう、解説を書いていきたいと思います。

第15回(インターネット上の風評被害)

第15回では、インターネット上で風評被害を受けた場合の法務のポイントを解説していきます。スモールビジネスを初めた後、徐々に有名になっていった場合には、第三者からの評価と無関係ではいられなくなるものです。好意的な声を増やすところは企業努力であり、法務にできることは限られますが、悪質な投稿に対しては、法務も交えた対応が可能になることがあります。

第16回から第18回(投資・成長)

第16回から第18回までは、さらに企業を拡大し、外部の投資家から投資を受けて成長していく場面や、無事にIPOやM&Aに辿り着き、Exitする場合について解説していきます。この段階に至れば、専門的な法律家・会計士・監査法人・証券会社等、プロフェッショナルの関与が想定されるところです。個別の事例に即してアドバイスを得ればよいため、本連載としては役割を終える感じがありますので、テクニカルなことは極力省き、概要をお話しするようにしたいと思います。もっとも、IPOやM&Aを想定する場合、その前の段階から法務を整えておくことも必要になりますので、内容はあらかじめ把握しておいて欲しいものになります。また、ストックオプションについても、ここで解説します。

本連載が、少しでも、事業を行う皆さまのお役に立てましたら、望外の喜びです。